スミレの生存戦略
小鹿野高校に着任して最初に目に留まった植物は、ノジスミレでした。ノジスミレは3月下旬には満開でした。そのほか、敷地内にはコスミレやタチツボスミレなど3種以上のスミレが生育しています。みなさんはスミレの花をよく見たことがありますか?
ここでみなさんが、混乱しないように説明します。「スミレ」という場合、2通りの意味があります。1つ目は、スミレが「スミレ」という種(しゅ)をさす場合です。この場合は、Viola mandshurica がスミレです。観察したところ、学校の敷地内では見ませんでした。2つ目は、スミレがスミレ属( Viola )とかスミレ科( Violaceae )といった種より上位の分類群、「スミレのなかま」を指している場合です。「スミレ」が3種生育という場合は、スミレ属とかスミレ科を指しているということになります。ここでは、スミレを「スミレのなかま」としてお話しします。
さてスミレを観察したところ、種類によって多少のばらつきはあると思いますが、開花後、3週間後ぐらいで種を飛ばします。果実は3つのパーツからなり、熟すと機械的にはじけて種子が1m程度飛びます。しかし、実際にはもっと離れた場所でも生えていることがあります。どうしてだと思いますか?同じようなことがスミレ以外の植物、例えばカタクリなどでも知られています。スミレの種子にはエライオソームと呼ぶ脂質を含む栄養のある部分があります。このエライオソームはアリにとってごちそうです。アリはエライオソーム目当てで種子を運び、最終的にはエライオソームだけを使います。つまりスミレはアリにごちそうをあげて、種子を運ばせているのです。このことは自分で移動できないスミレがアリを利用して増えるというしたたかな生存戦略を持っているということです。
3つに割れ種子を散布するノジスミレの果実 |
エライオソーム(白い部分)が付いているノジスミレの種子 |
またスミレの果実に注目すると、意外なことにスミレの果実はスミレの「花」を見なくなった6月になっても作られています。これはどういうことでしょう。みなさんは、花というと花びらがあってきれいなものをイメージすると思います。菫色などの言葉があるとおり、花びらがきれいな色をしていると思うでしょう。しかし、スミレのすごいところは、それだけではありません。スミレの花には、みなさんが見たとき花が咲いていると認識する花、「開放花」と、咲いていても気が付かない花、「閉鎖花」の2種類があります。
開放花は、花びら(花弁)があり、昆虫が受粉のために花に来ます。昆虫に対して開放している花ということです。一方、閉鎖花ですが、こちらは見た目にはつぼみのように見えます。こちらは花弁もなく、昆虫の助けを借りず、自動的におしべが伸びて花粉をめしべに付けて受粉します。
では、これらの2種類の花があることにどんな意味があるでしょう?開放花では、昆虫の助けが必要ですが、ほかの個体の花とも受粉できるので、次の世代に遺伝的多様性を伝えることになります。閉鎖花では、機械的に自家受粉を行うので、効率よく種子を作り、散布することができます。つまり、開放花で遺伝的多様性を高め、閉鎖花では効率よく種子を作るわけです。ここにもスミレのしたたかな生存戦略が見えてきます。
みなさんが気にも留めないような生物にもいろいろと面白いストーリーがあるのです。そんな足元の植物にも目を向けてみませんか。
ノジスミレの開放花(3月下旬~4月上旬) |
ノジスミレの下を向く閉鎖花と 散布間近で上を向く果実(6月下旬) |