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日誌

弓道部の日誌(2016年6月28日より)

弓道部 インターンシップ終了

 本日から練習はじめました。

 

 弓道部の卒業生が勤務している事業所に行った部員がいました。先輩、かっこよかったですか?

 みんなも、地元企業に就職したら、後輩の面倒見る機会があるかもね。

 

 別の事業所で働く卒業生からも、みんないい子ですねと連絡が来ました。

 

 今の2年生もインターンシップ後劇的に積極的になった生徒が何人もいます。今年の1年生もそうであってほしいと願っています。

 

 明日は、学校説明会です。4人ほど部活見学の希望が出ているようです。当日飛び入りでも大丈夫ですよ、中学生のみんな。

 

弓道部 新人戦

 土曜の男子、日曜の女子と小鹿野高校の新人戦は、先ほど終了しました。中村が公式戦で的中させました。

 

 注意されたことをしっかりと覚えているようにしましょう。そして、自分で工夫して練習できるようになるといいですね。

 

 明日からみんなインターンシップですね。それぞれの事業所で緊張感を持って頑張ろう!!!

弓道部 ノーサイドゲームにまつわるエピソードについて

ラグビーのW杯が開幕しました。

その少し前に、ノーサイドゲームが最終回を迎えました。ラグビー経験者である役者さんをたくさん起用したドラマで、ひときわ輝いていたのは、浜畑を演じた廣瀬俊朗(ひろせとしあき)さんだったんじゃないでしょうか?

 

 彼は「リアルノーサイドゲーム」を体現したラガーマンであることを皆さんは知っているでしょうか?

 

 大阪吹田市出身の彼は、地元のラグビースクールでラグビーを始めました。慶應大学の理工学部に進学し、東芝ブレイブ・ルーパスへ入団。高校日本代表、U19など代表を歴任、ブレーブ・ルーパス時代、2007年に日本代表へ。その後しばらく日本代表に呼ばれなかったが、2012年、代表に招集され、ヘッドコーチのエディー・ジョーンズに主将に任命されたが2015年に、「スタメンを保証できない選手にキャプテンは任せられない」との理由で主将を解任された。落ち込んだ廣瀬だったが、チームのために尽力した。この先はウキペディアからの抜粋である。

 

 チームのために自分に何ができるのかを考えた末、相手国の動きを徹底研究したほか、自主的に関係者700人からのエールVTRを制作し、南アフリカ戦前に控え室で上映[。一度もベンチ入りを果たせなかったものの、チーム団結を促し勝利に貢献した。 

 

 ノーサイドゲームの原作では、エールVTRを控え室でアストロズが観るというシーンが実際にあります。これを彼は本当にやっていたんですね。

 

 エディー。ジョーンズは、「自分がラグビー界で経験した中で、ナンバーワンのキャプテンだ」と廣瀬について語っている。そんな廣瀬はトップリーグのキャプテンを集めキャプテン会議を設立し、トップリーグやラグビー界の発展のため、競技の普及活動やリーグ戦の来場促進、ピッチ外での社会貢献活動などに取り組むんでいる。まるで日本蹴球協会に改革を求める君島のようだ。

 

 そしてノーサイドゲーム第7話。サイクロンズの監督から移籍を落ちかけられた時、サイクロンズの監督がかけた言葉。「歴史的勝利をあげた南アフリカ戦、ベンチで見ていて悔しかっただろう?」

 

  これは彼自身のことだった。実際に台本にはなかったセリフだが、監督がこのシーン撮影時に書き足した言葉だ。彼は代表に選ばれつつも、南アフリカ戦はおろか、W杯に出場することはできなかった。そんな彼のために書き足されたセリフ。感情がぐっと入ったと言います。

 

 それ以外も、2009年チームメイトが不祥事を起こした時(ドーピング問題)はあたまを下げ続け、チームの危機を救っている。

 

 そんな彼が演じたからでしょうか、最終回では感情移入がすごかった・・・。

 

 日本で言われる「One for all All for One」や「ノーサイドの精神」は、ドラマでも言われていたように、日本ラグビーの夢物語かもしれませんがそれを体現したラガーマンがいるということを、ぜひ知っておいてほしいと思い、長々と書きました・・・。似たような話、練習後ししたことあるんだけどな・・・覚えてるかな弓道部。

 

弓道部 9月新学期はじまりました

 9月になりました。
 実は、まだ練習に顔を出せていません・・・。
 いろいろと・・・アレなもんで・・・。
 アレってドレだよ・・・って言われそうです。
 明後日ぐらいには落ち着くかもしれません。

 その間、清水先生の指示に従って、自分の射を見失わないように練習を続けて欲しいです。

 さて、インターンシップが近いのですがその前に新人戦があります。インターンッシップの準備と重なりますが、頑張ってください。

 そして、秩父四校戦が16日と決まりました。これは11月の埼玉県の武道大会の選手を選抜する試合でもあります。

 何かと忙しい9月ですが、部員のみんなは、体調に気をつけながら活動頑張ってください。

弓道部 76,000アクセスありがとうございますそして夏が終わります

 以前、「お前が1日に100回ぐらいアクセスしてるんじゃないか?」とか「1度クリックすると200人ぐらいアクセスしたことになるんじゃないか?}などとつっこまれ続けておりましたが、76,000アクセスを突破することができました。
 閲覧数は増えるけど部員は増えないとか、そういう悪意のあることを言っている人もいます・・・ま、自分で言ってるんですけどね・・・。にっこり

 夏休みの練習は終了しました。9月2日から練習を再開します。9月末に新人戦がありますので、それに向けて一層頑張っていきたいと思っております。

  黒板・・・このくらいの感じでってことでここは何ミリとか書いてみました。ちゃんと9月からかけるかな?

 さて、夏が終わります。8月も後半になると陽が暮れるのも早くなりますね。実は、お盆が終わるぐらいから、陽が沈むのが早くなります。とても寂しい季節ですね・・・・とくに宿題が出ていて、それをやっていないなんて人にとっては・・・「ああ、なんで夏の終わりってこんなに切ないんだろう・・・(グスン)」みたいな感じでしょうか?

 誰かが言ってましたが「8月31日が過ぎたら、もう大晦日だ」という言葉・・・なんかわかる気がします。ここから冬はあっという間に来てしまいます。部員には、1日1日を大切に過ごしてほしいと思います。

 以前も書いたかもしれませんが、この時期は山下達郎さんの「さよなら夏の日」と浜田省吾さんの「夏の終わり」が聴きたくなります。

 山下達郎さんの「さよなら夏の日」は、高校時代に、夏の終わりに遊園地のプールにガールフレンドと出かけ、雨上りの虹を見た・・・という自分自身のエピソードを歌にしています。

 さよなら夏の日 いつまでも忘れないよ
 雨に濡れながら 僕らは大人になって行くよ

 高校生の夏の終わりにはよりぴったりかな?大人たちも自分自身の高校時代の夏休みを思い出すんじゃないでしょうかね・・・。

 毎年、達郎さんの「サンデーソングブック」というラジオプログラムでは、夏の終わり竹内まりやさんをゲストに「納涼夫婦放談」と題して放送しています。その夫婦放談の最後に流れるのは「さよなら夏の日」です。日曜日、この曲を聴くと「今年も夏が終わるんだな」と感じます。


 一方、浜田省吾さんの「夏の終わり」は、彼が、精神的にダウンしている時期に製作されたアルバムに収められている。アルバムの最後の曲で、「引退」を匂わせた曲で、当時ファンはだいぶ心配していた。

 もう誰の心も引き裂くことなんてない
 手に入れたものみんな失ったって構わない
 残されたわずかな時間(とき)静かにひとり暮らそう

 こんな歌ですから、夏の終わりに聴くととてつもなくさびしい歌です。

 9月からの新学期に備えそんな寂しさ切なさをかみしめるのも悪くはないかもしれませんよ。

弓道部 体験入部

 試合を終え、金曜は部活をお休みし、土曜日は体験入部でした。
 7人の中学生に来てもらいました。暑い中お疲れ様でした。そしてありがとうございます。

 いつもやっている矢道で近い位置から弓を引いてもらいました。もう1度やってもらおうかと思ったんですけど、暑いので、道場の中で八節をやってもらいました。

 今日は、僕にとっては、卒業生Dayでした

 前の高校で最初に担任した教え子が・・・なんと・・・・保護者として娘を連れて弓道場に来てくれました。ビックリ・・・。きっとこれから進路のことで親子でいっぱい悩んで子どもは、自分の道を決めるのでしょうが、その中の選択肢に、小鹿野を選んでくれたのはとても嬉しいことでした。
 もしよかったら小鹿野高校に入学してほしいなと思います。さらに、弓道やってくれると本当に嬉しいですが・・・。

 そして、前の学校で最後に担任した教え子からは「飲食店を開くことになりました」という報告を電話でもらいました。
 「商業の授業が役に立ちそうです」と言ってました。役にたつかたたないかは別にして、よくそこまでたどりついたなと嬉しくなりました。

 夏休みもあと1週間。2学期に向けて頑張ろうと思えるようなそんな1日でした。では、体験入部の写真でも・・・。

弓道部 速報です

本日男子の試合でした。
予選は通過しませんでしたが、いつも注意されていることとか、自分に足りないところなど勉強になったと思います。

次は新人戦。立ち止まってはいられません。

弓道部「どれだけ負けようが構わん最後に勝てば勝ちだ」

 100回やって99回負けても構わない。最後の1回で勝てばいい・・・。

 なんてことを言ってた時期がありました。

 日曜日、「ノーサイドゲーム」を見ていてタイトルに使った言葉が出てきたので突然思い出しました。

 自分そんな風に勝ってきたので、特にそう思うしその通りだと思います。1983年埼玉県ではダントツの強さを誇っていたのは川越農業高校(現在の川越総合高校)でした。しかも主力は2年生でした・・・。

 ええ、かっこいいこと言えば屈辱的な負けもありました。それでも、彼らに関東大会とインターハイで勝てたことが、僕の誇りでした。

 できれば関わった生徒にそんな感覚を味わってもらいたいと思っています。屈辱を明日への糧にしてほしいです。

弓道部 小鹿野町の弓道場

 小鹿野町の武道館をお借りしての練習でした。弓を引く練習は二の次で、入り方出方、歩き方、ある程度の体配を練習しました。
 正直、体配に何の意味があるんだと考えているようであれば、お話になりません。それら全てに意味があり、それら全てが大切なものです。これは、そうですね・・・・高校を卒業してからしばらくしないとわからないでしょうね。

 だから僕は、行射よりも声を出すこと、挨拶すること返事をすること、敬語を使うことにうるさく、それのみにこだわり続けています。正直言って、あまり綺麗な引きかたをしていなくてもまっすぐ伸びて、左右バランスよく離れを出せば、弓なんて誰でもある程度あたるのです。ならば、せっかく小鹿野高校の弓道部に入部したなら、その先、「プラスアルファ」を会得しなければ損だとは思いませんか?他校ですが、これを理解し頑張ってくれた人たちは、それなりに結果を出しています。今の部員たちにも、妥協せず、自分を成長させるため精進してほしいと思います。


 いやぁ、きれいな道場だよなぁ・・・・。三田川小学校のグランドに遠的射場作ってくれれば最高なんだけどな・・・。

弓道部 袴

なんか、弓道部っぽくていいでしょ?
はじめて、胴着をつけて、袴を身につけました。
明日は、試合を想定して色々やります。
忘れっぽい人はメモの用意を。
先生に持って行かなくていいと言われても、何か話しを聞くときは、必ずもっていく。身につけましょう。

弓道部 もう直ぐ試合

 先週は、教員免許講習のため全然道場に行きませんでした。留守中3人目、的中し、全員が的中させることができました。
 その部員が本日も的中したので、1年製3人の的中はしっかりみんな見させてもらいました。

 そして、夏の大会、関東個人選抜に向かいます。

 テーマがありますよ。あとでお話しします。そのテーマをしっかりと頭に入れて試合に臨んでください。

 田舎の学校は、盆暮れ正月を大事にするんだ!!っていうのが僕の持論です。もちろん大事にしますよ。10日の練習後お盆休みです。僕が現役の時も秩父の学校はみんなお盆休み取っていたと思います。秩父ですからね。お盆大事だから・・・。でも、お盆なんて関係ないって練習していた都市部の学校に当時の秩父の学校は負けなかったよ。そういう先輩たちに負けないように。しっかりお盆は家のお手伝いして、その後の練習に集中しましょうね。

弓道部 あたった

中る・・・って書きます。

でも、なかなか2本、3本と繋がりませんよね。

同じように弓を引いているつもりでも微妙に違います。

その誤差を最小限にするために、競技のための弓道は。矢数をかけて練習するのです。

でも今は、中る中らないよりも大事なことがいくつもあります。

その一つ一つをクリアする・・・。それが大事です。

来週1週間、講習のため練習は見られませんが、一つ一つの動作を丁寧に。

弓道部 弦の作り方 それとユカイさんの話

 部員がひとり、弦(つる)を切ったので、中仕掛けの作り方を清水先生に説明してもらいました。握り皮も変えなければならなかったので、見本を見せました。まだよくわからないかもしれないんですが、教本などにもこれは紹介されてます。僕らが高校生の頃は、見よう見まねで自分で全部やって覚えました。先生を頼りにせず自分で覚えて欲しいと思います。
 
  そして夏休み練習二日目の本日、女子2名弓を強くしました。少しずつ強くしましょう。女子も12キロ以上でないと、遠的で心配です。団体組めるようになったら、紫灘旗弓道大会を目指してみましょう。久留米市で行われる全国大会の遠的競技の大会です。
 
 さて、過日、ダイヤモンドユカイさんが、性教育講演会にいらっしゃいました。校長先生が、「同世代」とおっしゃっていましたが、「レッドウォーリアーズ」でのデビューが1986年で自分が大学3年の、秋も深まった頃だったと思います。すでに前年から、「レベッカ」を脱退した木暮武彦(シャケ)さんと、小沼達也(コンマ)さんが、テレ玉の「サウンドスーパーシティー」という番組で新しいバンドを結成するという話は聞いていました。多分、1986年の1月に放送された番組のスタジオライブで、動くユカイさんを初めて見ました。
 
 その時1曲目に歌ったのは、その後アルバムにも収録されることになる、ユカイさんがアマチュア時代在籍していた「ハイボルテージ」というバンドのレパートリーの「BLACK JACK WOMAN」という曲でした。
 
 1986年は、甲斐バンドが6月に解散。ぽっかり空いた穴を塞いでくれるかのように、レッドウォーリアーズがデビューしました。
 
 バンド在籍時「モテた」という話、今のテレビなどで奥様や子どもたちの話をするユカイさんしか知らない生徒にはピンとこないかもしれません。でも、デビュー直後、彼は「TOKYO POP」という映画に出演し、カンヌ国際映画祭に行った時に、パーティーでつまらなそうにしている女の子を「退屈だね、どこかカフェにでも行かない?」と誘ったことがあります。それがのちにハリウッドでブレイクするユマ・サーマン(キル・ビルに出演していますね)という女優さんだった:::なんてエピソードもあります。
 
 レッドウォーリアーズの「Party is Over」という歌は、「TOKYO POP」の思い出を歌にしたということですが、もしかしたらユマ・サーマンのことを歌にしたのかな?と勝手に思っていました。
 
 彼が話しれくれた「不妊」のこと、これは当事者でないと、きっと向き合う機会が少ないのではないかと思います。ご自分の経験を、そうですね・・・辛い経験だったと思います。それを生徒に伝えてくれたこと、本当に感謝しかありません。また、「不妊」に苦しんでいたとしても、子どもを授かるということを諦めてはいけない、絶望してはいけないということも教えてくださいました。
 
 最後に楽屋の前で「1988年の西武球場のコンサート見にいきました」とか「ファーストアルバムの中で1番好きなのはBLACK JACK WOMANです」って話ができたことが何より嬉しかった。
 
 講演会の報告はこちらへ・・・ここではただ嬉しいというお話オンリーです・・・弓道部のページなのに・・・いつもすみません。
 

弓道部 部活とは関係ないんですが・・・中島みゆきさんのラジオより

 「中島みゆきのオールナイトニッポン」
 ニッポン放送、月曜日、1979年の4月から1987年の3月まで放送されていました。このラジオにまつわるエピソードを中島みゆきさんは「伝われ、愛」という本にまとめています。
 最後の手紙は、番組中バカ笑いしている中島みゆきさんが、ちょっとしんみりリスナーの悩みに耳を傾け、彼女なりのアドバイスを短くコメントする。ちなみに、このコーナーに送られてくる便りをもとにして作られたのが「ファイト!」という歌だったりします。

 そんなコーナーに、送られて来た便り、そして中島みゆきさんは、手紙をくれたリスナーだけでなく、全てのリスナーに語りかけます。

 「みゆきさんこんにちは。 わたし、世界で1番のブスです。 誰が見たってブスです。自分でもわかっています。 わかってるんです。 でも人から変な態度取られると、やっぱり傷つくんですよね。

 周りの友達から毎日ブスって言われて、街歩いてても吐くマネされて。学級の男子からは睨まれて、おまけに生徒会長の人からは目の前でいろんなこと言われて。

 ああ、目の前が霞んで見えない。 字も書きにくい。でも頑張って書きます。


 わたし、今年受験です。志望校に願書も出します。だけど、だけど、その高校には恐い人がいます。中2の終わり頃、何度も何度も目の前に立って吐くマネして、みんなの笑い者にされました。 同じ高校に入ったら、またイヤなことされて、毎日泣かないといけないのかと思うと勉強できません。


 死にたいなって思ったり、わたしが死んだらあの人たち喜ぶだろうなとか考えます。


 お母さん恨んだけど、恨んじゃいけませんよね。 ここまで育ててくれたんだもの。

みゆきさん、こんなわたしでも、生きてて良かったって思うこと、ありますよね。

堂々と人前歩けるようになれる日、来ますよね。その日を夢見て頑張ります。


そして、そして、みゆきさんのコンサートの日には、今のわたしでないわたしになってみようと思います。


 そしてそんな便りに、中島みゆきさんはこんな風に答えました。


 日本中でこの今の番組を聴いてる人。が一番醜く(みにくく)見えるかわかると思います。

 このハガキをくれたあなた。そのくらいのことわかる人が、日本中にいっぱいいると思います。

 今あなたの周りにいる学校の、そういうことを言う、あなたを傷つけた仲間だけが人間だと思わないでほしいと思います。

 

 これから色んな人に会っていくことと思います。世の中狭く見ないでくださいね。


 女の子は、金さえかければある程度いくらでも美人になれるとわたしは思います。顔ってのはいくらでも作れます、金さえかければ。

 でも、金かけて綺麗になれないものもあると思います。


コンサートの日は、
アンタのままのアンタで、おいでよね。

また来週。


 そして流れて来た歌は、中島みゆきさんの「怜子」でした。


 怜子 いい女になったね 惚れられると女は本当に変わるんだね

 怜子 ひとりで街も歩けない 自信のない女だった お前が嘘のよう


 自信のない、この女の子への精一杯の「応援歌」だったのでしょう。

 アンタのままのアンタでおいでよね・・・・。

 この言葉に、きっと励まされたんじゃないかなと思います。


 返事や挨拶が小さいって、やっぱり自信がないのかな?って部員を見て思います。壁をぶち破って欲しい。「ブレークスルー」してほしいと思っています。君たちのままの君たちが、大宮の弓道場で「小鹿野高校」と呼ばれて「はい!!」とどの高校よりも大きな声で返事ができる。そんな日を願い・・・本日もまた「声が小さい」と叱るのでした・・・。